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5月15日 川の流れと川風 [2023年 日記]

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雨の日が少し続いて、体調もそれほど芳しくなかったのもあり、土曜もずっと在宅で過ごした。さすがに晴れた日曜の午後には外の空気を吸いに出かけたくなった。

阿蘇から流れてくる水、清流とは決して言えないが昔川遊びしたような緑色の流れ。

上流へ向かう風はやや強めで、このごろ急に強くなってきた日差しに暖められた身体にはちょうど心地よい

水の複雑な流れを見ていると気持ちが落ち着く
思春期を川沿いで過ごしたことが原点だろう
海もいいがスケールが大きすぎて自分を見失ってしまいそうになる

流れの複雑さは川底の地形や水量など様々な要素からそうなっているのだろうが、その複雑さは人為的なものとは正反対、物理法則に従っているだけだ
人にあざとさ、自然に美しさを感じるだけのピュア過ぎる感傷はそろそろ卒業だと思われるが、それでもなお川面を眺めていると落ち着くのだ


5月14日 夏野菜の定植を忘れていた [2023年 日記]

ボーッと例年のようにゴールデンウィークを過ごしていたら、夏野菜を植えるのをすっかり忘れていた。

毎年、ゴールデンウィーク中にあるいはその少し前に定植すると根付きがいいと学習しつつあったのにそれを逃すとはなんたる失敗。残り少ない人生の年数のひとつを棒にふったかもしれない。

今朝までの雨で畑はたっぷり水分を含んで、とても耕せる状態ではない。かと言って、園芸店に走ってとりあえず苗だけ買って、植えずに置いておくわけにもいかない。さてどうしよう。

と言いつつ、多少植えるのが遅れてもなんだかんだちゃんとできるのも知ってる。

5月10日 映画「スティーブ・ジョブズ」 [2023年 日記]

2度目の鑑賞

1度目はこちら(2018年4月)

やはり2回観ると話の流れや細かい描写が何を言わんとしているのかなどがすんなりわかる。
前回の感想にも書いたが、技術面の話はあまり無く、ビジネス面からのジョブズの軌跡にほとんどの時間を割かれている、人物伝にするとそうなるのか。会社の経営というものに全く興味が湧かないのでそんな感想になってしまう。
若かりし頃の女性関係が少しだけ描かれているのがアクセントになっていい。

相当な変わり者だったのは今回も感じた。iPhoneの素晴らしさを毎日、いや1日に何度も享受できていることに感謝だ。



タグ:映画

5月6日 映画「ナイル殺人事件」 [2023年 日記]

映画を見終わってすぐの感想がビビッドで面白い気がするので、エンドロールが終わるか終わらないうちに書き始めた。

映画「ナイル殺人事件」
アガサクリスティー原作、名探偵ポワロが殺人事件を解き明かす。
オリエント急行と同じように殺人現場の近くにいた何人もの人物が動機充分という状況下、見ている方も誰が犯人かまったくわからなくなってきたところで、名推理が輝き始める爽快さ。登場人物の言い回しにヒントを得たり、いろんな人の立ち話を全て覚えていたり、そんな切れ端をつなぎ合わせて真相を解明していく。

想像していたとおり、ナイル川沿岸を観光しながら殺人事件の謎解きが進むというテッパンの設定。思えば後の○×殺人事件と地名の入った映画やドラマはこんな昔から始まっていたのか。1978年製作。

英国貴族社会の風習だったりフランス語が時々入ったりというスパイスもうまく効いている。

ストーリーに素直に没入できて楽しめる娯楽作品に間違いない。
後で考えてみれば、普通に殺す動機があってその人が殺すだけでは見る方が面白くない、素直すぎて、ということの裏返しだろうか。全く予想だにしない真犯人だからこその面白さ、なんだろう。


タグ:映画

4月17日 今期はじめて半袖でジョギング [2023年 日記]

白川沿いを6キロほどジョギングした
前回までは長袖だったが今日は半袖、日が照る昼間だったので寒くもなくちょうど良かった

6.7km、46分、キロ6分48秒

毎週のようにカフェで読書をしている
それがここ3ヶ月ほどの習慣になってきた、都合で出来なくなるとちょっと欲求不満のタネになる
読書に適したカフェ、と言うといくらでもありそうだがどうやらそうでもないことが、
幾つかカフェ巡りをしてきてわかってきた

読書に適さないと感じるケースがいくつもあるのだ

椅子が硬い
近くで食事をされて音がしたり匂いが来たり
周りで耳につく音量でおしゃべりされる
店員が横を通るたびに床の振動が伝わる

一番多いのは客で混雑していてゆっくり読書という雰囲気ではないというケースだ

居心地のいいカフェ探しは続く

4月7日 顔の下半分 [2023年 日記]

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毎年、この時期になるとテラスのモッコウバラが勢いよく薄い黄色の花をたくさん咲かせる

近くに行くと圧倒的な甘い香りにクラクラしそうになる、虫たちもたくさん集まって飛び回るのに大忙しだ。数がたくさんあるので嬉しいことだろう

けれど咲いている期間はそう長くなく、せいぜい二週間くらいか
花が散って少しばかり見栄えが良くなくなる頃にはもう暑くなってくる、熊本の春は暑かったり寒かったりでちょうどいいというのが少ない

先日はまた運動公園を走った、もう桜は見納め、夕方になると長袖か半袖か迷うような気温だ
時間があったこともあり、4周7.5km、50分、キロ6分45秒

先月からマスクの着用が個人の判断に委ねられるようになった。意外と外さない人も多い
職場ではパッと見たところ半分くらいの人が外すようになった

久しぶりに顔の下半分を見る人もいる、記憶の中の顔と全く同じだったり、マスク期間中に美化しすぎていた人もいたり
今後は、知っているのに初めてお目にかかる顔の人もいることだろう、楽しみだ


3月22日 新月 [2023年 日記]

新月を見る、と言うと矛盾があるが、今夜の新月は曇りで見ることができなさそうだ
あ、太陽と方向が同じだからそもそも見えないか

運動公園を走った

熊本県民総合運動公園、なかなか設備の整った施設だ

一周2kmを2周と半分で5km、キロ6分30秒

夏日となった今日、半袖にして来なかったことを後悔しつつ、とは言え走っていない時は風が冷たいこの時期、花冷えとはよく言ったものだ

気象台の桜開花宣言は今日だったが、既にコース沿いの桜は見頃だった

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3月21日 退場 [2023年 日記]

本棚を整理していて昔の写真が出てきた。整理そこのけで見入ってしまう、よくあるパターンだ

とにかく自分が若々しい、自分でそう思うのだから他の人が見たら仰天するレベルかもしれない
少なくとも平時には見せない嬉しそうな表情で芯から驚いてくれそうなのは間違いない

当時の自分ではそんな事はひとつも思っていなかっただろう数々の事柄が浮かぶ

これから永遠に命が続くとでも思っているような無垢な表情
今ではそんなポーズをするなど思いつきもしない、思いついても意味ないことと動かない
楽しそうに仲間や先輩たちと歓談する
ややかしこまった仕事先での、なかばフォーマルでありながらもくだけ気味なシーン
数々の仲間を見送った送別会、自分が見送られた送別会
何十年も忘れていたたくさんの人たちの顔
そんなたくさんの人たちと関わりあって、仕事をして、送り送られ、酒を飲んで、

20代後半から30代にかけて、どうやらたくさんの人たちに囲まれてとても充実した日々を送っていたようだ

当然、今の自分の姿や生き方との対比としてそう感じている
退場の時が近いようだ

3月11日 東日本大震災12年 [2023年 日記]

あれから12年、長いようで速いようで

地震の起きた時刻には熊本市でもサイレンが鳴らされた
それを聞き胸が熱くなった

当時の九州は地震や津波による被害は当然無く、どこか他人事のような気分でいた
すごいね、怖いね、大変だね、と

そして物流などまわりまわって我が身に及ぼされる影響に気を取られていた

一区切りの今日、遠く離れたこの地の自分が被災者のことを少しの間想像しただけのこと
けれどそんな想像をした人たちはおそらく世界にたくさんいる

年月が経つに従って、思い出す人も思い出す機会も減っていくだろう


今日テレビで見た被災者の声「(亡き母へ)感謝の気持ちを伝える機会はそうそうない(から花束で伝える)」

感謝という言葉、最近少しばかり冷たい感情だと思っていたが、むしろシンプルかつ深い感情を表す場合もあることに気づかされた

3月10日 本格的に暖かくなってきた [2023年 日記]

今週に入ってがぜん暖かくなってきた
今も、昨日までつけていた暖房をつけず、むしろ窓を開けて冷気を取り入れているくらいだ

これから6月くらいまでこのあたりの気温で推移してくれるととても過ごしやすいのだが、熊本の気候は一筋縄ではいかず、冷え込んだり暑すぎたりが続いていく

3日前の満月を見上げながら思った

もし、月が黄色でなくて他の色に見えていたら人はどう思うだろうかと
赤っぽい色だったらなにがしか不吉な色に感じるのではなかろうか、月食の時がそうであるように
ペテルギウスがそうであるように
緑がかった月だったら草餅に見えてお腹がすくかもしれない
シルバーだったらさぞかしカッコいい月だろうが、冷たい別世界に感じて人々の生活の節々にあまり顔を出さなくなるかもしれない
青だったら

青だったら、月からいや宇宙から見た地球がそうであるように、とても美しいに違いない
もしその青が大海原によりもたらされた色だとしたら懐かしさや親しささえ感じるだろう

見上げて見える月が、あの4倍になり、従って面積で言うと15倍近くの迫力でもし見えたら、それが月から見た地球だ
それだけ大きいと海や陸が見えるだろう、青く澄んで虚空に浮かんで、それはそれは素晴らしい眺めだろう

タグ:地球 満月

2月26日 カフェで読書が4週連続 [2023年 日記]

休日の午後をカフェで読書して過ごす、というのが続いている
新型コロナ感染の心配が減って油断してきたというのももちろんあるが、過ごす時間が居心地いいというのが理由だ

読書へ集中するのなら自分の家が良さそうだが、意外と環境音が多少ある場所でも気にならない
まわりに聞こえる日本語も、自分へ向けられることはないのが明らかだから耳を傾ける必要がない
それに、自意識過剰かもしれないが人の目線があると感じると姿勢も必要以上には崩れないし、身だしなみもそれなりにして出かけて来ているので、よしっ、本を読むぞという気合も入る

出かける前に、読もうとする本を選ぶ時が少し悩ましい
さてカフェで座った時にどんな本が読みたくなるのか、まだ今ひとつ想像がつかないのだ
今日は文庫1冊、単行2冊を持ち込んだが、せいぜい読める時間は長くて2時間ほどだからそんなには必要ない
しかしそれもだんだん慣れて、さくっと選べるようになるだろう

山歩きや散歩に割いていた肉体のための時間を、多少は脳のために使うようにシフトしてもいいと言えるぐらい最近はアウトドアで使っていた

読書に飽きたから、あるいは席が少々居づらくなってきたから、出てジョギングに向かった

白川沿いを走って日が暮れた
5km、30分、キロ5分57秒
平坦な道だから早いペースだったが心肺は早いなりに苦しかった

自分のために時間を使えるという恵まれた我が身の今を感じる
親の介護やこどもの世話ではない時間
家事を離れ、闘病の必要も今のところなく
ただ、この恵まれた時間は永遠ではないと予想する自分がいる
永遠に幸せと感じられるメンタルを持ちなさいと言う自分がいる


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2月19日 KISS [2023年 日記]

KISSとYOSHIKIが組んでロックンロールオールナイトを歌っているシーンがおととしの紅白歌合戦にあり、今日それをたまたま見た。

いろいろな事にたまげたなー

ポールもジーンもクリスもお達者と言えばいいだろう年齢なのに往時に近いパフォーマンスをしていることに
そしてお前らはこれを見たいんだろと言わんばかりのお決まりのアクションや表情
これを何十年も続けているであろうことに

ジョンレノンが生きてたらKISSについての感想を聞いてみたい
それでなくてもミュージシャンは他のミュージシャンのことはとやかく言わないものだがジョンなら何か辛辣なことでも言いそうだ

KISSというアーチストのあり方に不満は決してない、むしろ潔く好ましくさえ感じる
若い時に初めて聞いて衝撃的だった、この魅力的なサウンド
柔らかい脳にしっかりと刻み込まれてしまった、KISSのロゴとメイク、炎、舌

”やるべきことをやっている男”の一つの好例かもしれない、何十年もだ

2月14日 ビートルズ [2023年 日記]

ザ・ビートルズ
外国のバンドにうとい人でもその曲は一度くらいは聴いたことがあるだろう

中学生の頃、友達に大のビートルズファンがいて、家に遊びに行った時などによく聞かされたものだ
立派なリビングルームのレコードプレーヤーに針を落として、コンポーネントシステムの大きなスピーカーで聞いた

もちろん魅力的で覚えやすそうで、いい曲ばかりだと思った
けれどもちょうど中学生の頃といえば反抗心の芽がうずうずしていた頃、正統派っぽいものにはとりあえず寄り付かないのが正しいあり方だった頃だ
シンプルな単語が多く、メロディーも素直なビートルズのファンに自分がなることはなかった

それから長い時を経て今、ビートルズの曲をApple Musicに勧められるままに聞いたのがきっかけで、いいなと思えるようになってきた

とりわけジョンレノンの作った曲や歌声に惹かれる

中学生の頃は、基本的な単語が多い歌詞、すなわち浅くてとるにたらない内容を表していると思っていたが自分の方が浅薄だったようだ
今聞いてみるとシンプルだからこそ解釈のしかたによっていろいろな意味を持ち、聞き手の想像を広げるし、シンプルだからこそ真理を鋭く突いている
そして聞くたびに少しずつ歌詞の意味するところが変化していく

ポールのキャッチーなメロディーに目くらましを半世紀近く受けてきたような気がしないでもない

今さらだが、Apple Musicを通じて、サブスクリプションサービスの将来性を感じたとともに、サブスクリプションサービスによって失われていくものとは何だろうと考えてしまう


2月12日 半崎美子さんの歌 [2023年 日記]

半崎美子さんの歌は以前聴いていて、その声の魅力に随分と感動した

きょう、久しぶりに聴いてみて改めてその素晴らしさに目頭が熱くなった
自身が作詞した歌詞を、心を込めて歌っていることに
そしてその歌詞にも

友達への想い、娘への想い、母への想い

そう、考えてみれば異性への恋愛感情をあからさまに歌った曲が少ない印象だ

ジョンレノンの曲にも平和や神などへの想いを込めた歌詞が多く、自分の近頃のお気に入りになっている

今はそんな歌を聴きたい


2月11日 ジョギングでリフレッシュ [2023年 日記]

先週に続いてスタバで読書、土曜日の午後なのでほぼ満席
しばし前回の続きを読んだり、外を眺めたり

その後、菊陽町の白川沿いをジョギングした
久しぶりの割と本気のジョギング

7.4km、50分、キロ6分46秒

走り出してすぐは呼吸に余裕もあり考え事をしてしまうが、そのうち苦しくなって汗もダラダラかき、考え事どころではなくなる
走り終わって顔を洗い、整理運動し終わった頃からなにか爽快感、幸福感のようなものが来ているのに気づいた
そうか、苦しいくらいに身体を動かせばしばらくの間かもしれないがいい気分でいられる

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タグ:ジョギング

2月9日 父と無言の対話 [2023年 日記]

風呂上がり、いつもどおり、亡き父の写真にお参りしてからしばし対話する

もちろん言葉は発せず頭の中でのやり取りになる

自分が今悩んでいることを語りかける

すると写真の父がそれに対する返事をくれる気がする
そんな事は悩むことではないと怒られたり、
わかるわかると慰められたり、
お前もただの男だなと苦笑いされたり、
自分より周りの人に気を配れと後押しされたりする

写真の父ははっきりした表情ではなく、微笑みかけとも厳しい顔とも哀しさをたたえた顔とも、何とでも取れそうな微妙な表情をしている

写真の表情は変わらないはずだが、しっかりと覗き込むと微妙な表情の変化がある気がして返事を感じる
どんな返事にしても、安定した心持ちになれる、胸のつかえが軽くなる、貴重なひととき

もし父が生きていたらこんなに毎日語り合う事はなかっただろう

我が身はもう写真の父の年齢を越えてしまったが、父と息子であることは終わらない

2月4日 豊かさを自分で見つけ出す [2023年 日記]

お気に入りのサングラスをかけてスタバで読書をしたいしたいと思っていたが
今日それを実現させた

真冬なので屋内だったが他のシーズンならテラス席が良かっただろう
オープンさが違う、読書にはやや集中力を削がれるかもしれないが

黙って読書なのでマスクも外す、他の客も半分ほどはそう

立花隆のわかりやすい文章と情報量で満足感も充分に得られた
おそらく2時間ほど、自分の中ではスタバ最長滞在時間だ


今日見たテレビ番組からネットで調べての気づき

「東京から能登へ移住した時に、自分が与えられた豊かさを享受していただけだったということに気づいた、だから不安で悔しい、ならばと身の回りのものをひとつひとつ見つめ直してその豊かさを見つけていった」という主旨の50台女性の言葉に共感するとともに強さを感じる

東京から比べれば周りの目は相当気になるだろうし、なにより新しい環境で暮らしを始めるにあたって様々な現実的な問題をひとつひとつ地道に解決しなければならないだろう

そんな中、新たに何かを始めよう、それも周りの人々をも巻き込んで
となると相当のエネルギーと胆力が必要なはず

聞けばアメリカ滞在経験もあるし国内でも多方面に興味を広げる女性であるらしい
納得した
建築家である彼女の夫が里山に向ける目線や興味も影響を与えているだろうし
彼女の行為も彼に影響を及ぼしているだろう
羨ましい夫婦関係だ

2月3日 プライベートコミュニケーションツールとしてのSNSについて [2023年 日記]

おととい寝違えた首がまだ痛い
この痛みは毎度の事ながらイヤなもんだ

人とコミュニケーションを取る時に面と向かって話すのか、それとも声のみを伝送して話すのか、
はたまた文字にして読み書きするのか

スマートフォンが開発され、あっという間に進化して、SNS全盛とも言える現況になっている

必定のごとく、文字によるコミュニケーションが隆盛となりそれにまつわるサービスにも
多種多様なものが現れている
未読既読、送信取り消し、履歴検索、会話のバックアップ、ステータスの表示、絵文字顔文字、スタンプにプレゼント、動画に音声にリンクにイイねに、、、

プライベートで、面と向かって話す時に出来て、SNSでは絶対に出来ない事

相手の表情の変化、声のトーン、喋り方の間、姿勢や動作

これらを補完するために、あるいは別の情報を伝えるためにSNSは様々なサービスを付け、
これからも開発していくだろう
そしてそれらを使いこなしてコミュニケーションを上手に取る世代が既に働き盛りに入り、
今後は皆がうまく対面と非対面を使いこなしていくに違いない

自分もメールやその他のサービスを便利なものとして、半ば自然に使ってきたし今後も使うだろう

けれどもやっぱり自分は
相手の目を見て話したい
相手の目を見て話を聞きたい
言ったことへの反応を見ながら言葉をつむぎたい
今日の機嫌はどうなのかを感じながら、以前話したことがあるか思い出しながら


1月30日 映画「エベレスト」2回目 [2023年 日記]

7年前の記事「映画 エベレスト」
https://krishna.blog.ss-blog.jp/2015-11-29

7年ぶり2回目の鑑賞、というか3回、4回と続けて見た
そして、

行きたくなった(笑)

調べてみるとエベレストに登るのには公募隊というものがあり不可能ではなさそう、ただし2ヶ月という長い期間と700万円ほどがかかる
どちらも精一杯頑張ればなんとか出来そうなところがまたイヤだ
あっさりと諦めることができない

かと言って、だいぶ費用が安くなるチョーオユーやマナスルを目指すか?
それはなさそうだ
すぐ近くに「世界一」があるのに

すぐ近くに世界一があるわけではないマッキンレーならどうだろう?
高い緯度、極寒の6千m峰
テレビ隊が機材を担いで登った山に我が身だけ登頂しに行くか、否


さて、何度も同じ映画を繰り返して見ると飽きるか、というと全く逆で、
見るたびにひとつひとつのシーンが丹念に作り込まれていることに気づかされる
逆に言えば一度だけ映画を見ても、その表面しかなぞっていないことになる

この映画はニュージーランドの商業登山隊の話だというのも1度目は気にもしなかった
メインとなるストーリーはもちろん35歳で娘の顔を見ずに亡くなった隊長ロブホールだ

2度目見てからはベックウェザーズが気になる

10歳を超えた頃の1男1女を持つ普通の中年夫婦
テキサスに暮らし結婚記念日をお互い大切に覚えている、夫は週6日ジムに通いガタイもいい

彼はエベレストに挑戦する理由を次のように言っている
「家にいるといつもでっかくて真っ黒い雲に覆われる
鬱々とするんだ
山にいると癒される」
「頂上に立ちたい、そして無事に帰りたい」

この、一見ないものねだりのような、わがままとも取られかねない、けれどとても共感できる感情がこの映画のサブストーリーとなっている

下界の生活では満たされないものを常時感じつつ暮らし、それを逃れて入った山では下界の生活を大切なものに思う。あるいはそう思うために山に入る

ベックのことを調べていたら、うつ病から脱出したくて登山を始めたとの記述を見つけた
(野遊さんのブログ 野遊・呼吸の世界 15 『生きながら残されて』
https://ryo-rya.hatenadiary.org/entry/20091201/1259673140

彼は一度サウスコルで死にかけて、自らの精神力と様々な幸運を集めて生還した
これほど「生」を感じられる出来事はないはず
世界最高峰へ登る夢は叶わなかったが、黒い雲はどこかへ行ったのではないだろうか
気にならないところへ



タグ:映画

1月22日 コーヒーの注文のしかた [2023年 日記]

居酒屋やレストランで、QRコードやタブレットでの注文に切り替える店が増えてきたらしい

おとといの記事に書いたばかりだ

やはり、というか当然だがこの方式について反発する声があがっている
「コーヒー1杯でウェイターにQRコードから注文してくださいと言われて情けなくなった」
との主旨だった、そのウェイターにコーヒーと言えば済むだけなのに

これは極端な例だが、おそらく年齢があがるにつれこういったIT化に生きづらさを感じる人たちは多くなるだろう
そしてSFの世界が現実化するとすれば、ロボットが地球上を席巻し、それに反発する人間主義者たちがあちこちで反乱を起こすというあの将来まで延々と続くのだ

津波のようなこのうねりを起こす原動力は、経費の削減、効率至上主義、技術至上主義、新しいものに魅力を感じる人間の性
資本主義社会に替わる新しい価値観の社会は、自分の生きている間は生まれ育ちそうにもない